自分の意図か、誰かの意図か?
美内すずえ氏の『ガラスの仮面』での話です。
主人公の北島マヤは、劇団つきかげと劇団一角獣との野外共演「真夏の夜の夢」に出演し、大成功を収めます。
それを見ていた大都芸能の速水真澄は一策を練ります。この公演が話題になるよう、それとなく団員に助言をし、裏で新聞社に手回しします。成功を収めた後に、劇団つきかげと劇団一角獣に飛躍できるチャンスを与えます。
しかし、北島マヤにはそのチャンスを与えず、怒りを買う態度を示します。そして、マヤにとあるところに向かわせるよう仕向けます。
それが意図的とは知らず、マヤは、自分のライバルの姫川亜弓が出演する『ふたりの王女』の共演者のオーディションについて知ることとなります。
劇団の仲間と一緒に演劇できないマヤは、必然的にそのオーディションを受けたいと思い、それを叶えます。
その流れを見ていた速水真澄の秘書が「お見事ですね」と速水真澄に言います。
彼は憎まれ役を買って出て、裏で手を回し、マヤが姫川亜弓のオーディションに向かうよう仕向けたわけですが、当の本人のマヤはそんなことには気づいてません。
たまたまオーディションのことを知り、チャンスだと思い、そこに向かったと思っているでしょう。
あなたの人生には、誰が関与しているのか?
こういうことは日常的にもあります。本人が気づかないうちに、良くも悪くも、まわりの誰かが道を作ってくれて、それに動かされていることがあります。
良くも悪くも、と書いたのは、たとえば、親が子に対して、「この子はこういう人生を歩む方がいいから」と一方的願望のもとに、学校や友人、習い事などの選択をして、その道を歩ませることはよくあります。
それが子にとっても喜ばしいことであればいいですが、他の選択肢を見せられないままにその道に進ませられているとしたら、それは必ずしもいいこととはいえません。
上記のガラスの仮面の話は、良心的な意図の元に、北島マヤがチャンスを掴んで成長できるよう、速水真澄が仕組んだことです。
北島マヤにしてみれば、たまたま偶然が重なった現象に見えるでしょう。そこには、マヤの演劇に対する情熱と、オーディションを何が何でも受けたいというマヤの強い思いと行動があってのことです。
速水真澄が北島マヤを導いたように、現状の外の大きなゴールに向かって進む者に対しては、本人がまったく意識していないところからのサポートが入りやすくなります。
コーチングでは、クライアントのエフィカシーをあげたり、ゴールに向かうよう、非言語での働きかけがあります。クライアントがゴールを達成できるよう、良い方向にそれを用います。「コーチが言ったから」ではなく、クライアント本人が自ら気づき、自分の意志で行動してもらう(と思ってもらう)ことが大切です。
私たちはシミュレーション世界に生きている?
最近では、苫米地博士の造語の「認知戦」という言葉が一般的にも使われるようになっています。個人的なレベルから、政府、メディア、大手会社、マーケティングなど広域において多用されています。私たちは知らず知らずにその戦略の中に取り込まれていっています。
言葉での誘導がないのに、他者の思惑通りに動いてしまっている..。自分の現状が、誰かの意図のもとに動かされてないか? 無自覚なまま、人に操作されてないか?と客観的視点でみてみましょう。
幸運にもいろんなシンクロや偶然が重なり、自分がどんどんとゴールに近づいていっているとしたら、自分の何がそうさせているのか?まわりの誰かが見えないところでサポートしてくれていないか?に目を向けること。
こちらは「お陰様」に気づいて、傲慢にならず、謙虚であることが求められます。
この世界がシミュレーション世界であり、何者かが作ったシミュレーションのうえに成り立っているのではないか?という説があります。
私たちの多くは、自分やこの世界が実在すると思っていますが、実際はスマホの中のゲームの一つに過ぎなく、自分はその中のアバターの一人なのかもしれない、ということです。
自分で行動している、生きているようで、実は操作されている…かもしれない。
視野を広げていくほどに、そうなのではないか?という思いは強くなります。しかし、その中での自由意志もかなり融通がきく状態であることも確か。
キャラクターは一人歩きしてもいい
私たちがマンガの中の一登場人物だとしたら、作者の意図と自分の意図がより近くなることは、この世界においての自分の可能性や機能を十分に発揮できるということになります。もともと作者が意図したことと一致するわけですから、天命と言えます。
それがヒーローだろうと、悪役だろうと、その役を十分にこなすことが、この世界に存在する意義なのかもしれません。
しかしながら、できあがったキャラクターが作者の意図を超えて、一人歩きし、作者が思ってもいなかった展開に発展していくケースもあります。
もともとのプランはあっても、それは変更の余地があるのでしょう。登場人物が現状を超えて行動することにより、想定外の展開に至り、連載が続いていく、、。
マンガに例えていますが、今、私たちが生きている世界も同じです。
自分の人生が、誰かによって操作されているかもしれないと気づくと共に、いつでも変更可能であり、自由意志は尊重されることも知っておきたいです。



